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有機農業の先進国キューバ 藤田 和芳 氏

October 17, 2016

・「大地を守る会」とは

大地を守る会は有機農産物の宅配をしています。41年前に生まれ、農薬や化学肥料をなるべく使わない食べものを、都市の消費者の玄関先に届けるということを続けてきました。現在会員は10万人、加えてネットで注文をくださる非会員のお客様が18万人、合計28万人のお客様が居ます。

私たちは事業を進めながら、社会への働きかけも同時に進めてきました。

・第一次産業を守ること

・環境保全に資する活動

私たちの意思は明確で、3.11もふまえ、持続可能なエネルギーへのシフト、脱原発をめざし、TPPも反対です。TPPは日本の農業に大きな影響を及ぼすと考え、農業を衰退させない施策を求めていっています。食料自給率をあげ、生産基盤を保持する運動も続けています。

 

 

 

・なぜキューバなのか?

世界で最も有機農業の進んだ国が、実はキューバなのです。

1959年キューバ革命が起こりました。1492年のコロンブス新大陸発見以来、キューバはスペインなどの欧米の国に支配されてきました。1959年以前は、最初のスペインからアメリカに利権が移り、アメリカに支配されていました。

チェ・ゲバラやカストロはキューバ革命を起こしましたが、マルクス・レーニン主義を導入したかったわけではありませんでした。キューバの貧農が大地主や外国資本に支配されていることにNOを突きつけたのです。

カストロはキューバ生まれですが、スペインのガリシア地方からの移民の末裔、弁護士でありエリートでした。チェ・ゲバラはアルゼンチンの医者でしたが、貧しい人の健康問題から革命に突き進みました。

1959年のキューバ革命の直後、1962年にはキューバ危機が起こり、アメリカとソ連は一触即発になります。

カストロ・ゲバラの政府はアメリカ企業からあらゆるものを国営化していったのですが、そのことをもちろんアメリカは快く思わず、カストロ政権を大弾圧します。経済封鎖も強行し、革命政権妥当を目論見、CIAを中心に様々な打倒工作を続けます。

そのためキューバはやむを得ずソ連、東側に頼らざるを得なかったのです。原油やその他の資源、産物などの輸入を東側諸国に頼ることで、国を成り立たせてきました。農業も共産圏からの支援で、近代科学農業を実践していきます。キューバの食糧事情は共産圏からの支援によって成り立っていました。

 

ところが1991年にソ連が崩壊し、キューバへの資源の供給がほとんどストップしました。原油や農薬、化学肥料、資材、機械など殆どが入ってこなくなりました。そのため農業ができない、1100万人が飢えてしまうという危機に陥ったのです。アメリカはその状況に対し、これを好機とばかりにさらに経済制裁を強化し、ソ連崩壊前の輸入を100とすると20-30にまで外国からの輸入は落ち込んだといいます。

この事態に対し、カストロ達キューバ政権は「国民を飢えさせる訳にはいかない」と、有機農業への転換を決意します。非常事態を宣言し、国を挙げての有機農業への転換を呼びかけました。

大学や国の研究機関を、有機農業推進のために総動員しました。防除、天敵、フェロモン、混植、輪作などの研究を、国を挙げて実施していったのです。

  (ちなみに日本は、有機農業に対しては全く何もしませんでした。2006年に有機農業推進法が成立し、やっと国が有機農業を支援するようになりましたが、それまでは民間の力で日本の有機農業は育ってきたのです)

 

 

 

・カストロの演説

「我が国は食糧危機に瀕している。1100万人が飢餓の危機にある。何一つ外国からは入ってこず、さらに経済封鎖が強化されようとしている。

こうした状況の中、今必要なのは、全国民が食料生産に関わることだ。すべての人が、野菜を作ろう。庭で、ベランダで、屋上で、講演のコンクリートを剥がして、すべての人が食べものを作ろう。コンデンスミルクの空き缶が転がっていたら、その中に土を入れて、そこでも野菜を作ろう。」

革命広場があり200万人くらい入れるそうです。そこでカストロは全国民に向かい、農業生産を呼びかけたのです。

ちなみのこの革命広場では、カストロの別の有名な演説が有りました。ある時CIAが港から上陸してカストロ政権を倒そうと行動を起こしたのですが、最終的にはキューバの人に撃退された。でもそのときに多くの人が亡くなり、この広場に100万人が集まって仲間の死を悼み、革命の灯は消さないと演説したのです。

 

 

 

・有機農業の研究、工夫

研究者たちは、有機堆肥を作るため世界中のミミズの研究をしたそうです。牛糞の活用の仕方を研究し、世界に6000種いるミミズの内、2種類のミミズがキューバの有機質に有効だ、役に立つことがわかったそうです(カリフォルニアと南アのアカミミズ)。

牛糞用ミミズの育成をしており、30×1.2mの生育槽の中に3000万匹いる計算ですが、それが農村に供給されていきます。

また、虫の捕獲棒の工夫には感心しました。棒の上から白、黄色、赤色が塗ってあり、油も塗布されています。虫によって好きな色が違うので、それぞれ別の色によってきて捕虫されてしまうのです。単純だけれどなかなか効果的な虫対策だそうです。

キューバの薬草園ではモリンガという薬草を見せてもらいました。このモリンガで、カストロは重病を克服した、と薬草園の女性は話してくれました。

 

 

 

・多様性を重んじる社会へ

世界はグローバリズムに染まり、「統一化」「画一化」の方向にどんどん流されています。

でもキューバの社会は「多様性」を大事にしています。

畑に行くと驚くのですが、「少量多品種≠モノカルチャー」、時には有畜複合形態を取りながら、多様な品種の作物を栽培しています。一本の畝に、じゃがいも、ほうれん草、トマト、いんげん、とうもろこし、畦にはひまわりと実に多種多様です。

この混植という方法に驚くのですが、現地の人は「上から下へ収穫していくから問題ない」ちいます。葉物から収穫して最後根菜というわけです。

なぜこういうことになるのか。農薬がないので混植が一番だとわかったのだそうです。作物によって害虫はそれぞれです。害虫や細菌は作物につきますが、混植によりそれぞれの害虫や細菌が牽制しあい、大量発生を抑制される。したがって、作物が何かの害虫や病気で全滅するということがないのです。

キューバの人は「我々は80%主義だ」といいます。100%完璧を望むのではなく「80%安定」を目指す。逆に100%主義は100か0かになることが有り、不安定なのです。

80%の安定で満足すれば、持続可能になります。化学肥料や農薬が入ってこないことで、自分たちで創意工夫を重ねるなかで、この80%主義を選び取っていきました。

 

これは日本や世界のあり方に通ずるのではないかと思います。100%を目指すと全滅もありうる、人間で言えば体を壊したりすることもありうる。それよりは「80%安定」を目指そうじゃないか、というわけです。

 

 

 

・キューバの旅で出会ったもの

1950年台のアメリカのクラシックカーがタクシーとして町中を走っています。クラシックカーファンには垂涎の的ですが、これは1959年以降アメリカから車も輸入されないので、50年台の車をずっと修理して使っているということです。経済封鎖の裏返しなのです。

 

有名なブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにも行きました。驚くのは、ここでは70代80代、いや90を超えた人も有名な歌手として出演しています。

ヘミングウエイも有名です。彼がよく通っていたレストランでも食事をしましたが、ダイキリを静かに飲んでいたというヘミングウエイを、この店は今も誇りにしており、ヘミングウエイの銅像を置いています。

 

ゲバラは今も英雄で、いたるところにゲバラの写真が飾られています。

 

ハバナの革命博物館の入口に「大馬鹿者コーナー」があります。キューバ革命のとき、革命軍を弾圧したバチスタ将軍、経済封鎖をしたレーガン大統領、ブッシュ親子などがその対象です。キューバの人たちはでも、彼らのおかげでキューバは革命を起こして今がある、その貢献をした大馬鹿者たちだと言っているのです。(大馬鹿であるがゆえに革命に貢献した、ということ)

 

ヘミングウエイが好んで通っていた海に面したレストランが有ります。ここから窓の向こうに見える半島で、革命形は十の練習をした、波の音で練習をさとられずに済むからということでしたが、ヘミングウエイには聞こえていたかもしれません。

 

 

 

・アメリカとの関係

アメリカはまだ経済封鎖を問いていません。CIAは傭兵を使い、執拗にキューバの革命政権打倒工作を仕掛けてきました。カストロの暗殺は161回試みられ、また飛行機から細菌を撒き、その通過したあとのじゃがいもが全滅したり、細菌によって豚を100万投殺されたりもしました。アメリカに抗議しても知らぬ顔でシラを切られますが、キューバは農民レベルでよく知っています。

 

アメリカとキューバは国交は回復したのですが、キューバの人びとは「私たちは変わらない」と言っています。経済封鎖が解除され科学肥料や農薬が入ってくるとどうなるか。「以前のようには使わない」といいます。80%主義、多様性の中で行きていきたいというのです。(それは実際にそうなってみないとどうなるかわからないが)

 

 

 

・人種差別のない国

多様性、ということ。キューバには人種差別が世界で一番「ない」と言われます。。ムラート(スペイン系白人と黒人の混血)37%、欧州系白人51%、黒人11%、中国系1%、他にメスティーソ(白人とインディアの混血)がいるといわれますが、皆仲良く暮らしており、一つの家族の中にもいろんな人種の人が混在しています。

 

 

 

・具体的な農業政策

キューバ農家の三つの方法を紹介します。

①家庭菜園:これがバカになりません

②国家の農場:70人位の共同体で、国中に有ります

③人民菜園

 

このなかで①の家庭菜園に対し、農業相談所がキヨスクのようにたくさんあります。農業を学んだ若い男女が働いており、種や資材や肥料も売っています。ここに普通の人が相談に来て、病気のことや次に何を植えるかなどの相談をしています。夕方には行列ができるほどで、往診もしてもらえます。

家庭菜園がちゃんと出来るような仕組みづくりが、行われているのです。

収穫したものは8割は国が買い取り、それは貧民や給食や病院の食事になります。残りの2割は自分で食べるか自由市場で売ることが出来ます。

 

80歳を超えた人が元気に農業をやっており、驚きます。

また小さな農場に「土のために働けば人としてもいい人になる。ホセ・マルティ」という手作りの碑がありました。ホセ・マルティはキューバの人で、農業指導者として大変尊敬されている人です。

 

驚いたことに、農民の年収は医者の2倍だそうです。その2割の自由市場での収入によるのだと思いますが、医者ももちろんキューバでは大事にされており、外貨を稼ぐ重要な職業なのですが、その2倍の稼ぎがあるということで、キューバでは農民が誇りを持っています。

 

 

 

・医療と教育

また、キューバでは教育と医療は無料で、キューバにあるラテンアメリカ医科大学は南米一、ラテンアメリカ中から学生が集まってきます。学生と生活費が保証されていますが、条件として、卒業して自国に帰ったら都市ではなく農村で働くという誓約書を書かされます。キューバは医者を世界中の紛争地にも派遣しており、優秀な医師たちが言っています。医薬品と医療機器の開発にもキューバは優れています。

配給手帳というのを見せてもらいました。キューバでは基本的な食料や生活必需品は配給されます。

キューバの医療制度はキューバの誇りとなっていて、医者は165人に一人、これは世界一です。ファミリードクター制度があり、各地区に石が配置され住民の健康チェックをしています。世界の災害被災地へも迅速積極的で、チェルノブイリ事故のときには被災者の受け入れ、保養、治療に尽力したといいます。世界でも最も災害派遣に貢献しているのがキューバです。

医者は1人/国民165人ですが

先生は1人/国民21人

非識字率は2%(アメリカは4.3%です)

売春婦はおらず、ホームレスも居ない、人種差別や男女差別もなく、治安は良い国です。私は外国でもジョギングをするのですが、キューバは安心してジョギングできる国です。

 

 

 

・終わりに

でも、決して裕福な国ではないので、あるお世話になった青年に、次に来るときに何をお礼に持ってきたら良いかきいたら、配給される石鹸ではなかなか赤土の泥が落ちないので、日本のシセイドーの石鹸がほしい、と言われました。

貧しい国ではありますが、「共に生きる」ことを実践している国がキューバだと思います。

多様性、というと、各人勝手にというイメージを持つ人が居ますが、「ルールのもとの多様性」が重要です。ルールの元ということが保証されている中で、多様であっても心は一つになる、その「何か」を作ることが重要です。それがグローバル化に対抗できる何かだろうと思います。日本も同じ問題を抱えています。

 

 

 

 

 

Q混植について教えて欲しい

Aすべてが、先ほどお話したような激しい混植ということではないと思う。私はびっくりしたので紹介したが、もう少し緩やかな混植が一般的かもしれない。

 

 

 

Q自由市場の話が出たが、物品は配給制では不足なのか?

A自由市場は特別な人ではなく普通の人たちが皆買い物をしていた。詳しいことは分からないが、配給では基礎的な食料や生活物資をもらえ、ちょっと特殊なものは自由市場で入手するのかもしれない。

 

 

 

Q医療や教育がタダと言うが、国の財政はまかなえているのか?

A大変は大変だと思う。だから外貨を稼ぐ必要がある。

 

 

 

Q日本で何をすべきなのか、何を考えるべきか。

Aキューバ政府がやった有機農業推進は、国家が一つの意思を持つと有機農業や持続可能な社会に転換できるという一つの成功モデルだと思う。

農民だけではなく国民全部が取り組む、食糧生産に関わるということ。日本では生産者と消費者が分断され、見せかけの美しさや値段などに左右されてしまう。生命をどう守るか、多様性の中で行きていこうとする意思を持つことを考えても良いのではないか。

 

 

 

Qキューバには良い指導者が居たからできたのではないか。

A指導者によって良い国民が生まれるというよりは、良い国民が良い指導者を生むのではないか、国民が指導者を選ぶのであり、良い指導者を選ぶ下地は私たちが作るものだと思う。

 

 

 

Q差別のない社会はなぜ実現されたのか。

A様々な問題や苦しみがあって初めて助け合う社会が生まれる。国全体の危機により差別ではなく国民全員が、ということになったのではないか。

でも経済封鎖が解かれるとアメリカ化する可能性がある。格差や治安悪化なども起こりうる。人間は弱いので。

 

 

 

Qアメリカとキューバの国交を回復したが、米に対する教育の仕方はどんなふうか?悪者なのか?

Aアメリカは敵だという教育はしていない。アメリカ政府のしてきたこと、とくにCIAなどを使って攻撃をしてきたことについては強い怒りを持っているし、普通の農民も良く事実を知っている。しかし革命後、革命前の権力やベチスタ政権の人をリンチで殺したことはない。裁判によって550人は死刑に処せられたが、私怨、私憤によるリンチ殺人はなかった。

これはすごいことで、スターリンの静粛2000万人、毛沢東3000万人、ポル・ポト200万人と言われるが、キューバは一人も理不尽な殺人は犯していない。

ゲバラも山にこもっていたとき政府軍の兵士をよく捕まったが、殺すことはなかった。革命軍のやっていることの教育をしたあと釈放していた。

 

 

 

Qキューバの医療制度について

A話をしたように,ホームドクター性が特徴であることと、薬草を活用している。薬草の栽培が奨励され、また老人を頼りにすることが良いようだ。

 

 

 

Qキューバの宗教

Aキリスト教だと思います

 

 

 

Q財産の私有の状況を教えてほしい

A基本的には私有の土地というのはなく、耕作権が世襲されます。耕作放棄地は出てくるが、農業委員会のような組織が有り、そこが耕作者を任命していく。キューバは1991年の危機の際に、国民全員が危機感を持った。その危機感があまりに大きく、全員が連帯をしたのだと思う。そして、それから20年以上、アメリカに負けずに一人の餓死者も出さずに生き抜いてきたことを誇りに思っている。ただ、アメリカと国交を回復し、今後経済封鎖が解かれるときに、有機農業を基礎とし助け合っていくモチベーションをどう作るかがとても大事なことだと思う。

 

 

 

 

 

 

<講師プロフィール>

”大地を守る会”会長、株式会社大地を守る会代表取締役社長の藤田和芳さん。「大地を守る会」は日本で初めての有機農産物の宅配サービスをはじめた会社です。設立は1977年、約40年の月日を経て利用者数は約24万人になりました。藤田さんは2007年にニューズウィーク誌「世界を変える社会起業家100人」に選ばれました。社会起業家である一方、上智大学非常勤講師としても活動されています。

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