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第一回森里海会議 第二部トークセッション

December 10, 2017

◆登壇者

海代表:畠山重篤氏

里代表:井村辰二郎氏

森代表:池田雅子氏、佐藤岳利氏

モデレーター:徳江倫明氏

司会:小谷あゆみ氏

飛び入りゲスト:本田亮氏

一般財団法人22世紀に残すもの発起人代表:渡邊智恵子

 

 

 

渡邊:

これからトークセッションが始まりますが、その前にご紹介させてください。実は「22世紀に残すものTalk」というYouTube番組では今までに24名のゲストをお呼びし、私がインタビューするという構成でラジオやYouTubeで流しています。今回登壇されている佐藤さんや井村さんも、「22世紀に残すものTalk」に登場していただいています。その他に番組に登場してくださった本田亮さん、四井真治さんのお二人も、実は今日この会場においで頂いています。四井さんは懇親会までいらっしゃるのですが、本田さんは懇親会出られないということなので、ここでご紹介したいと思います。

 

 

 

①「環境メッセージ」をクリエイティブとユーモアで伝える 川代表 本田氏

渡邊:

本田さんは電通でご活躍され、「ピッカピカの1年生」というCMを作った方で、今は環境漫画家などをやっている、私の大好きな人です。みなさんに紹介したいと思い、財団一周年記念でもあるので素敵なコメントいただけたらいいなと思います。「22世紀に残すもの」は、私の大好きな人ばかりゲストにお呼びしている独断と偏見の番組なんですけど、こういう人にゲストとしてお話をしてもらっています。本田さん、数分で結構です、私との馴れ初めとかをお願いします。

本田:

いつも突然のご指名ありがとうございます(笑)。今日はいきなり朝、「ひとことしゃべってくれ」と言われました。ご紹介にあったように、もともと電通でクリエイティブをしていました。会社は途中で早期退職したんですが、「ピッカピカの1年生」とか、ACジャパンのCMを作っていました。会社にいたときからずっと個人的に環境メッセージというのを送っておりまして、会社を辞めてからはそちらの方が中心的になって仕事をしています。いくつかやっていることがあるんですけど、ひとつは、僕は一応カヌイストなんですね。日本中の川を下ってきて、世界の川もアラスカとかアマゾンとか十数を下っているんですけど、川を下ることによって自然と遊ぶ楽しみだとか、それによってサラリーマンを元気にするっていうエッセイを書いています。同時に「転覆隊」というチームをやっているんですけど――しょっちゅう転覆しているので転覆隊というのですが――そのチームで遊んだ話を連載したり映像にしたりしています。同時に、川というのは森と海を繋げていますから、この川に何が起こっているのかということをいろいろな形で報告しています。日本の川を下ると言っても大変なことで、堰とダムの連続なのでそれだけで冒険になるんです。今の日本の川がどうなっているかというのをエッセイや漫画で伝えているわけです。一応僕は環境漫画家という仕事をしておりまして、30年ほど『エコノザウルスカウントダウン』という漫画を描いてます。

いろんなところで個展や発表をしていて―智惠子さんが持っているのは来年のカレンダーなんですが―写真も撮っておりまして、葉っぱアートという写真を撮っています。それは何かというと、日本の四季の美しさと広葉樹のすばらしさを伝えようと思って、葉っぱで生き物を作っているんです。最初は魚ですね。森は海の生物を育てているというお話がありましたけれど、それをビジュアルで楽しく伝えようと、リーフフィッシュ、葉っぱで作った魚、葉っぱで作ったイカとかカニを発表して、それを子どもたちにワークショップでやらせています。

僕の表現はエッセイと映像と漫画と、それから写真という形です。講演もしているんですけど、地球とか自然とか、彼らは何もしゃべれないので代わりに僕が何らかの形でしゃべって、できるだけ多くの人に伝えようということです。ここにいらっしゃる方というよりは、ここに来なかった方に向けて発信したいと思っています。今日こちらにいらっしゃる方は意識の非常に高い方々だと思うので、環境って大切なんだけれどよくわからないよねと思っている人たちに、いかに楽しくわかりやすく伝えるかをあの手この手でやっているということです。

原発をテーマにした『笑って考える原発漫画 ゲンパツ先生』という漫画を東京新聞で連載していたこともあるんですけど、一番はやっぱりクリエイティブとユーモアだと思っているので、ぷっと笑っちゃうんだけど後で真剣に考えるようなエッセイと漫画と写真をやっています。今日はこういうものを見て、いくつかネタになることが見つかったので、またテーマにして漫画とかにしてきたいと思います。

 

渡邊:

ありがとうございました。このようにして、いろんな、22世紀に残せるような活動をしている人たちをクローズアップしております。ダイジェスト版を流せなかったのはすごく残念でしたがこんな形でこの会、トークを進めていきたいなと思いました。ありがとうございました。

 

小谷:

本田亮さんに川の代表としてご登壇いただきました。ありがとうございました。今紹介された「22世紀に残すものTalk」はスマートフォンからYouTubeで、ぜひ後でまたご覧いただきたいと思います。今の本田さんや後程ご登壇のみなさまのお話もご覧いただけます。

それではいよいよ最終プログラムのトークセッションです。みなさま全員にご参加いただき、22世紀に残すものを探るべく、それぞれのお立場でお話しいただきます。それでは、森の代表として佐藤岳利さん、池田雅子さん、里の代表・井村辰二郎さん、海の代表・畠山重篤さん、そしてモデレーターは徳江倫明さんです。宜しくお願い致します。

 

 

 

②農業の環境・安全・衛生管理 世界からみた日本の厳しい現状

徳江:

今日は本当に大変素晴らしい方々にお話をいただきました。さっき佐藤さんがお話になった日本の違法伐採の材木の問題ですよね、こういう話は実は日本では枚挙にいとまがなく、なんでだろうと昔から考えていました。私が「大地を守る会」をやり始めたころに印象的だったことがあります。1980年前後、子どもたちが一番食べるバナナは、フィリピンから9割くらい輸入していたんですが、日本で水銀系や塩素系の危ない農薬の使用が禁止になると、作った農薬をフィリピンに輸出するわけですね。その農薬をバナナに使うわけです。日本では使えないのにフィリピンでは使えるので、フィリピンで農薬を使用して生産されたバナナの9割は日本に入ってくるわけです。それを子どもたちが食べるという、これを私たちはブーメラン現象って呼んでいました。日本で作った農薬が使えなくなったら海外に輸出をして、そこでプランテーションでバナナを作ってまた日本に入ってくるという、そんな話を佐藤さんの話を聞きながらちょっと思い出していました。

それからもうひとつ、東京オリンピック・パラリンピックの食材調達基準が決まりました。農業の環境管理、安全管理、衛生管理などを規格として進めていく「GAP認証」をとらないといけない。これは2回前のロンドンオリンピックから食材調達基準ができて、GAPをとって、かつ、推奨としては有機農産物がよい、という。これはいいように聞こえるんですけど、要するにGAPをとらないとダメみたいな感じになるんですね。ところが日本ではGAPをとっている人がほとんどいなかったので、今、大慌てで国を挙げて――というか政府を挙げて、農水省を挙げて――各自治体にそれをどんどん進めるように仕向けています。通達とまではいかなくともGAPを取らないとオリンピックで使えないよと。だから、向かおうとするところはいいんですが、実態が伴っていない。ケータリング会社、レストラン等々運営する会社が来年の春くらいに決まることになっていて、外資系に決まることが大体予測がついてますが、下手をすれば「日本に基準をクリアするものがなければ、輸入のオーガニック、輸入のGAP認証を取ったものを使ったって、誰に文句を言われる筋合いはない」と、ケータリング会社がそう判断すればそうなるでしょう。日本ではオーガニックの認証もまだ1%いってないわけで、そういう意味でも、日本の辿っている道が危ういなあという感じがするんです。そして今日、森・里・海という繋がりをずっと考えていると、いろんなところにそういう問題が潜んでいるわけですよね。森の問題っていうのは昔から何となくわかってはいるんだけど、実際どうしたらいいかはなかなかわからなかったわけです。今回、初めて佐藤さんとお会いして、この1ヵ月の間に2回程やり取りし、お店に行ってお話をしてきたんですけど、材木は日本ではほとんど輸入なわけで、国産でやってる家具なんて1%ないわけですよね。

 

 

 

③違法伐採を黙認する 材木業界の体質

佐藤:

業界では基本的には今、「製造業から流通業へ」と言われていて、もはやモノづくりをもう日本でやらない、安い生産国で作って輸入するというビジネスモデルにだんだん変わってきています。また、日本で作っている家具工場とかメーカーがたくさんありますが、ほとんど99%(正確ではありませんが)、それに近いくらいの外材で日本の家具が作られているのは間違いではないと思います。

徳江:

その違法のものでもどんどん使ってしまうっていうのは、業界的にどういうメンタリティなんでしょうか。全然気にしていない?

佐藤:

いや、どこかで気にしていると思うんですけども、要は赤信号の話と同じで、「みんなで渡れば怖くない」。みんなやっているから政府も取り締まらないし、消費者も安いものを喜ぶので、一億人がこぞって知らないふりをしているというのが実態だと思います。

徳江:

という感じなんですよね。

よく言われることは、「私たちには選ぶ権利がある」。私たちが選ぶ権利を発揮、使える局面が2つあって、それは選挙と、買い物なんですよね。だから買い物をするときに何を選ぶかというのは、国の形、国の行く先を決めていくための実に重要なところだと私は思うんです。昔はグリーンコンシューマーと言ったり、今はエシカルコンシューマーと言ったりします。

いろいろな話をすると、佐藤さんのところはまだ経営は結構厳しいんですよね?

佐藤:

まあ、はっきり言っちゃいけないんですけど、もう21年くらいやっていて、楽だったのは最初の5年くらいです。あとは本当に薄氷を踏むような経営を続けております。はっきり言ってはいけない話ですけど(笑)。

徳江:

言いたいことは分かって頂けたと思うんですが、表参道と東京ミッドタウンにお店があるので(ぜひ行ってあげてください)。そういうことなんです。事業というのは、さっき出口と言われていましたが、買ってくれる人がいないとどうにもならないんです。そういう意味では、重鎮の畠山さんのお話になるんですが、もともと牡蠣の養殖をやりながら山の問題に立ち至ったというのは、生産とかそういうところに問題があったということですかね。

 

 

 

④「赤い牡蠣」が気づかせてくれた 森と海のつながり

畠山:

もちろんそうですね、何もなければそういうことにはつながらなかったわけですから、気仙沼のような日本の端っこのようなところにも高度成長の時代は開発の波が押し寄せて、海が汚れて赤潮が蔓延してきたんですね。赤潮というのは赤いプランクトンが発生するんですけど、1個の牡蠣が一日ドラム缶一本、200リットルも水を吸っているわけです。赤潮が蔓延するとそれを体の中に吸い込みますよね。そうすると、牡蠣のムキ身は白いはずが、真っ赤になるんです。毒ではないですけど、赤い牡蠣ではねぇ。築地市場の製品課に「赤い柿」は農家の人に任せろ、君たちは漁師なんだから「白い牡蠣」を作ってくれ、とよく言われたわけです。それで、築地で廃棄処分ですよね。

徳江:

それは捨てるしかない?

畠山:

捨てるしかないですね。捨てられたわけですよ。これは日本中同様で、もちろん東京湾がその代表で、江戸前のものも激減していった時代です。商売を続けていくことは無理だなと、商売閉めを考えていた時期もありました。ただ私は生まれながらにして海の生き物を相手に暮らしてきたもので、陸に上がって商売替えしようとすると、生き物と接することが出来なくなるわけです。だから、これは好き嫌いの問題なんですけど、やっぱり嫌いなものは長続きはしないなって思いまして、何とかもう一回、赤潮にまみれた海を青い海に取り戻したいと思ったことがスタートだったんですね。今から30年くらい前です。

徳江:

その牡蠣を育てる養分は海の沖から流れてくるのかな、というイメージがあるんですけど。畠山さんが、養分は山から来ていると感じたのは、直感ですかね。

畠山:

宮城県の北上川河口は日本で一番「牡蠣の種」がとれるところなんですよ。そこから全国に牡蠣の種がいっています。そういう牡蠣の販売とかを手伝っていたので、日本全国の牡蠣の産地に行くことが若いときにありまして、わかったことは「必ずそこに川が流れている」ということなんですね。広島には太田川があり、一級河川です。太田川の上流まで歩いていくと島根県県境に大きなブナの木があるわけです。ああ、あそこから流れてきた水が太田川に流れて、牡蠣のエサになるプランクトンと関係しているんだなということは一目瞭然です。それは日本中の養殖漁場で、魚も他の貝もそうなんですけど、塩水だけで海の生き物は育たないわけです。川も絡んでいる、山が絡んでいるなっていうことは、詳しいメカニズムはわからなかったですけど、感じていましたね。

徳江:

それは30年前ですよね。井村さんは20年くらい前に畠山さんの話を聞いて、自分のやる有機農業のイメージというか組み立て方に非常に影響を受けたと話されていました。畠山さんは知らなかったと思うのですが、それはどう感じたんですか?河口ですからね。

井村:

そうですね、農薬のかかっていない安全なものを食べたいとかそういうことではなくて、循環型の社会にしていくことが持続可能性に繋がっていくという方ですね。畠山先生のお話の「海から山を見る」「繋がっている」という話は刺激になり、私の中で生物多様性ということにも合致してくるのでしっくりきた、勉強になったんです。私は有機農業という言葉を知らず、持続可能な農業をするにはどうしたらいいかということを考えたときに有機農業に出会ったので、どちらかと言えばオーガニックということよりも循環的なことの方が先でしたね。

徳江:

なるほどね。ついこの間、先々週くらいに水俣に行ってきたんです。皆さんご存知ですよね、水俣病と言った方がご存知だと思うんですけど、今日も水俣から若手が二人来てくれているんです、嬉しいことに。水俣は環境でダメになった、ダメというか水俣病は公害ですが、行きつくところは環境問題。そこから、もし水俣が再生していくとしたらやっぱり環境ということで、プラス思考で臨んでいかないとなかなか無理だというところがあるわけですが、実は水俣でも牡蠣の養殖が始まっているんですね。私も行ってびっくりしたんです。水俣の水はみんな水俣市内にある山、その稜線の内側から来ているわけです。それに支流があって、そして水俣川が一本になって水俣湾に注ぐ。そこが水銀で汚染されたわけですから、牡蠣というのは象徴的だと思いました。象徴的なものにしたのは、どうも畠山さんの力なんですが。

畠山:

この間、大阪湾の未来をどうするかっていうシンポジウムがあったんですが、私には大阪湾は日本一汚いところだっていうイメージがありました。そしたら大阪湾は和歌山県の県境でやっぱり牡蠣の養殖を始めたっていうんですよ。それでちょっと来てくれって言われて見に行ったわけです。今、日本中で牡蠣小屋なんていうのがテレビで紹介されたりするから、地域興しに手っ取り早いんじゃないかということと、牡蠣は比較的種が安い、そして丈夫なんです。ホタテ貝の殻に牡蠣の種がついてるんですけど、陸に揚げても2週間くらい生きてるんです。だから種の輸送も簡単なんですよね。宮城県から、北は北海道から南は沖縄まで、牡蠣の種は輸送されてます。その養殖方法もそんなに難しくなくて、柔らかいロープの撚りを戻して種のついた殻を挟んで、水深にもよりますけど、8メートルくらいのロープ1本にホタテ貝の殻を30枚挟んでやるわけですよ。そうすると1個の殻に大体牡蠣の種が30個ついて、1本のロープを下げると900個牡蠣が採れるわけです。肝心なことは、エサや肥料が一切いらないということです。そういう話を農家の子供たちに話をしたら「漁師さんは泥棒みたいですね」という名言があるわけですね(会場笑)。ただ、河口にいるということは人間が流したものを全部体内に取り込んでいるわけなんです。この清濁併せ持ったものがあの味になるんですね、牡蠣って。例えば寿司屋では、この貝が今日なければ別のものを代用に使うのですが、牡蠣の代用はないですよ。あの味は代用がないです。それと生ガキってワタを取らないでワタごと食うわけで、蠣のワタを取ってしまったら食うところがないわけです。体自体ちっちゃいですから。だから牡蠣を食うってことは川の流域を、人間(の流したもの)をそのまま食うってことじゃないですか。すごい意味があるんです。そういう意味で、養殖に挑戦をされているところは、そういうところまで調べてみて、おやり頂きたいと思いますし、もし、何か手伝うことがあれば言ってください。いつでも手伝いますから。

徳江:

その言葉を待っていたんですよ(笑)。

 

 

 

⑤昔の日本人が守っていた 人と自然の上手な住み分け

徳江:

もうひとつは水俣で今、標高600メートルくらいの上流の方で若い人たちが無農薬、自然栽培の紅茶を一生懸命作っているんですね。そこまで車で送って行ってもらったら、イノシシが飛び出してきたんです。小さいウリ坊みたいなやつだったんですけれど、イノシシもここまで(おりて)くるんだとその時思ったことがひとつ。そして、左に竹林があって結構荒れた感じなんです。今日来てくれている天野君によると、数年前にタケノコ採りの名人の爺さんがいて、その爺さんはずっと竹林と竹以外のところも手入れしていたんですが、亡くなったそうなんですね。そうするとわーっと生えてきて山も荒れるし、イノシシが来たりシカが来たり、今結構大変になっているんです。こちら側から見ると害獣と言ったり、殺せと言ったり、殺したついでに食えと言ったり、いろんな事情がでてくるんですけれど、森の中の側から見たときにそういうのはどういうふうに表現すればいいんですかね。人間が去れという話になるとか。

池田:

人間が去れ、というのかどうかわかりませんが、山の神がちゃんと伝えられていた時代には、人が使う山と、もう入ってはいけない部分というのを分けていたそうです。実際聴き取りさせてもらった方が――ほとんど亡くなってしまって、訃報が届くたびすごく胸が痛いんですけれども――よく言うのが、人間が使う部分とそうではない部分を分けていたと。子供でも絶対入ってはいけない、遊びでも絶対入ってはいけないと言われていたそうです。人が入った部分は、さっきタケノコ採りに入ったおじさんの話がありましたが、森の見通しがすごくいいんですね。下草も刈ってる、枝打ちもしている、枝も取っている。すると見通しがいいので、動物から人の里が見えるんです。野生動物は人に会いたくないんです、基本的に。人が見えればまず近寄らないようにできたんですね。個体数も圧倒的に今より少なかったです。イノシシにしても、シカにしても、全体の数が圧倒的に少なかったのは、山に食べるものがなかったので増えられなかったということです。人もそうだと思うんですけれど、食べるものがなければ餓死していきますよね。野生動物は栄養がなければ産まないんです。熊は一回妊娠しても、母体に栄養がなければ自分で流産させちゃうんです。

それでちゃんと数をコントロールできてたんですけれど、今は逆にいうと山が豊かで、食べるものがいっぱいある。だからシカも増えていき、イノシシも圧倒的に個体数が多いので、山の中は動物からすると飽和状態というか、野生鳥獣密度が上がっているんですね。尚且つ、(山の)見通しがよくないので、どこまでも山だと思って歩いていてふっと出たら里だった、になってしまうわけです。さっきは海の牡蠣の話でしたが、山の柿が里山にはうんとあるんです。昔、食べるものがなかった時代、柿は保存しておくのに大事でした。だけど森を歩いていてふっと出たらそこに柿の木があって、たわわに実がなっていたらどんな動物だって食べますよね。猿だったら木に登って食べる、イノシシだったら落とす、熊だって登って食べる。登って食べていてふと見たらそこが耕作放棄された畑で野菜も捨てられているといったら、森のなかにいるよりずっと栄養価が高いものがそこにあるわけですから、パラダイスなわけです、里というのは。それが今の里山の現状です。動物からすると、森から出たらそこに美味しいものがありましたという状態で、食べていたら有害鳥獣と言われ、作物を作っている畑があったので掘ってみたらそこで罠かけられて、となる。野生動物を研究している側から見ると野生動物の行動としては自然だと思っています。タケノコを採る人がそこをきれいにしていたというのは、野生動物にしてみると向こうが見える森をちゃんと作ってもらってあったというのと同じです。人里と自分の境を知らせてもらっていたということです。実際にも手入れを始めている地区もあり、効果が上がっているところもあります。

徳江:

なるほどね。「森がダメになっている」という言い方を我々はよくしちゃうんですよ。で、植林というとそれを再生していくと。でも意外と森は豊かになっているという、動物からするとそんなふうに言っちゃった方がいいんですかね。

池田:

そうです。多様性につながっていくんですけれども、いろいろな環境があることが一番いいわけですよね。もちろんきれいな森があるのもいいんですけれども、動物からしてみると藪は隠れられるんです。特に熊、今ばったり会っていろいろ問題になっている熊とか、タヌキにとっては、藪があることは非常に暮らしやすいという状態です。

徳江:

水俣に行った時に天野さんもそういうふうに言っていましたね。

井村さんは――中山間地で農業をやる彼が、今どこまで実現したかわからないけれど――、能登で農業をどうつないでいくかということをやっています。考え方としては能登はいっぱい川があり、その川筋ごとに村がある。水田で言うとだいたい10町歩ですか、10町歩の水田を維持するのはそんなに人手もかからないし、機械もあるので、井村さんは(後継者いないわけですから)、「村ごと一緒にやれる」と考えて、僕はすごいなと思っているわけです。それで、今中山間地にも畑地をどんどん広げているわけですが、前も見に行った時、やっぱり獣害ってすごいんですよね。せっかく植えたものを食べられちゃっていました。実は日本の中山間地農業というのは本当に重大で成り立ちにくいという現実を抱えて生きているわけですね。今の話から言うと、林業とかと組んで見通しの良い境界線というか、そういうのをつくっていかないとできないですかね。

池田:

そうですね。今までの林業じゃないにしても、ワイス・ワイスさんもそうかもしれないですが、切る作業というのはすごく労力も使うし、もっと労力を使うのは運び出す作業なんですね。それに見合った金額が今、国内は出ないので放置しているという状態なので、やはりそこを経済につなげて里山には出入りしていただく方がいいというふうに考えています。

もうひとつは人口が増えたので山際まで家が建っています。なおかつ裏山が手入れされていないので、何年か前に大きな台風がきたときに広島で土砂崩落の悲しい事件がありましたが、あれも画像を見ると裏山の木がすごく細いんです。里山で使っていたものを放棄したため、萌芽して細い木がずっと出て並んでいるので、非常に土砂災害が起きやすい状態ができていました。

さっきの動物の話ですと、里山が畑ですが、出てみたら住宅地だった――最近やたらとニュースで町の中をイノシシが走っていたと言っていますが、「森を出たら町だった」ということで、好き好んで町に出たわけじゃないんですよと私たちはよくお話をします。

徳江:

表現って微妙ですね。

今、それぞれお話しいただいて、さてこれがビジネス、仕事としてどうしていけるか。井村さんは千年産業という言い方をしていて、あとでまた話してもらいますが、佐藤さんと話し合ったときに「ああ、そうだよね」ともう一度思い出したのは原木栽培シイタケのことでした。原木はだいたい10年から30年のサイクルで更新していくわけですが、さっき言った見通しのいい森を実は仕事として作っていたということですよね。それと家具。佐藤さんが今使っているのは(樹齢)50年から100年くらい?

佐藤:

100年以上と言われています。50年くらいでも使っていますけれど、理想は100年経つと木は安定してくると言われています。

徳江:

そういうサイクルですよね。いくつかの用途によって、年数は違うと思いますが(薪なんかもっと短いですものね)、そういうものが折り重なって見通しの良い雑木林ができあがっていたと思うんですね。だからそれをずっと紐解いていくと、ひとつのビジネス、仕事がもう一度見えてきて、それが森と里と海をうまくつないでいく。そういう仕組みがビジネスとして展開できるといいということなんです。今日の主題は、実はそこでした。みなさんもそういうことについて、関心があると思うんですね。これ、森里海「会議」なので一方的にこちらが話をしているわけではなくて、皆さんからも意見をもらったりしたいんです。今から聞きたいことがあるという人います?お一人?お二人?一人が出るとこれが連鎖になるんですね。じゃあ最初の切り口を作っていただければ。

 

 

 

⑥森を侵食していく「竹」との付き合い方

質問者1:

山本学校の山本です。一番気になっているのは森を侵食していく竹についてはどういうふうにお考えなのか教えて頂きたいです。

池田:

竹というのは下でずっと根が張っていき、気が付くと森林の中に入り込んでいるので非常に問題視しています。竹藪も、さっき言ったようにイノシシとかが隠れるし、竹の方も入り組むし、ということです。ただ、環境を考えていると最後に経済にいくんですけれども、竹を使った産業がないんです。きちんと切り続けてもらえれば植物というのはある程度止まる、枯れる、それが植物のもっている特性です。途中で中途半端に切ると生きようとするので、より強くなって繁殖をするんです。言い方が悪いですけれど、とことん切り続けて光合成をさせない、栄養をつくらせなければある程度のところで止まってくれるので、そういう手入れをしなきゃいけないんです。でも、やはりそれに対する労働の対価が出ないんです。

竹林の作業はすごく大変で、竹炭を長野県ではやるところもありますが、ボランティアで1、2回来てくれても続かない。山の仕事はひとことで言えないほど苦労が多く、ちゃんとお金につながっていけばそれをやってくれる人が出てくるんじゃないかというふうに考えています。

徳江:

そういう取り組みはいくつかあるんですけれどね。今、畠山さんなんか、室根、あれは名前変わったんですかね、室根山というのは。

畠山:室根村が室根町になったかな。山の上のところが室根山から矢越山に。

徳江:

そこら辺でいうと畠山さんの現場では竹というのはどうなんですか。

畠山:

そうですね、うちではもともと孟宗竹はそんなに多くない、寒いところですから。そんなに深刻な問題はないです。孟宗竹の問題は福島から南です。孟宗竹の竹林は温かいところばかりですよね。獣との付き合い方っていいますが、ひと昔前だったらシカがいたとかイノシシがいたら絶対食ってますよね。ごちそうですもの。それを食わなくていいことになったというのはある意味ですごく豊かになったことの裏返しですよね。ただ今度――新聞でご覧になったと思いますが――、環境省が主導している環境税が、もう少しで通るんですよ。環境省が「森川里海プロジェクト」というのを提唱して、広く浅く税金を取るという仕組みがほぼ出来上がったようです。何百億という、かなりの金額です。それをどう使うか、上流から下流までの提言をして、山側の問題にはいろいろ控えていますからそういうところに使って、地域の活性化に役立つようにという。あれがどういうものに使われるのかで日本の国の形はかなり変わると思います。いろいろ提言して慎重に使い道を考えてほしいですね。「22世紀に残すもの」の会もそういうことを提案したらいいんじゃないでしょうか。

徳江:

そうなんですよね、私も長く事業をいろいろやってきていますが、「利益が出ない事業は社会悪だ」という経営者が結構多いというのを知っていますか。だけど利益が出なくてもやらなきゃいけない仕事ってあるんですよね。端的に言えば行政なんていうのはそうで、国の中で言えばコスト部門ですから。だから山を守るとか、海を守るとか、何を守るというのが具体的に人に伝わる、わかるようになっていけば納得する国民は結構いると思うんです。日本はどうもそれが曖昧でなかなか先に進まないという、苦々しいところがあるんですけれど。

 

 

 

⑦川の流域を整備すると 寿司の半値も夢じゃない

畠山:

来年、私たちも30周年になるんですけれども、こうやってきて、またいろんなところを見て見えてきたことは、今、新幹線と高速道路とリニアモーターの関係だけに資本が投入されていますよね。ところが先ほどカヌイストの先生がお話ししたように日本の川の流域はもうめちゃくちゃなんです。自然界が阻害されたようなダムの河口堰もそうですし、森林から何から全部そう、めちゃくちゃです。それを、二級河川含めて約3万5千の川が日本海と太平洋に流れていると言いますから、この川の流域を少しずつでも自然に近いような形にすれば、この国は大丈夫だということが、はっきり私は言えます、自信をもって。

わかりやすいのは、寿司の値段が半値になるんです。簡単な言い方すると。500円の寿司を食うとしますよ、思い切って。シャリ代はいくらだと思いますか。シャリの値段は20円。480円は寿司ネタなんです。寿司ネタは全部海の縁(へり)で獲れるんです。そこは川の水、森の養分が流れ込むところで、森川海の関係をきちっとすれば、日本では餌や肥料をやらなくても寿司ネタが黙っていても湧くように獲れるわけです。そうするとネタが安くなる。一貫500円のネタ代がたとえば200円、100円ぐらいになれば、500円じゃなく300円でも寿司を出せるじゃないですか。そうすると米の消費が増える。寿司屋が安くなったら行きますから。普通は「回る寿司屋」にしか行けないんですが、寿司屋の値段が半値になれば、普通の寿司屋に一般家庭の人も行こうとなるじゃないですか。そうすると「じゃあお父さん、魚も安いから、ちょっと刺身でも切ってもらってお酒飲んだらどうですか」となるじゃないですか。するとますます消費が増えるわけです。経済が流域で回りだす。米屋さんがニコニコしないと。

また、非常にわかりやすい話は――私は有明海に海苔屋さんと付き合いがあるんですけれど――今、だいたい一年間に90億枚の海苔が採れ、その三分の一の30億枚はコンビニ、つまりおにぎりだそうです。海苔一帖、おにぎり食うのに半分使うので、30億枚の海苔は60億個のおにぎりになっているんですよ。米屋さん、大事ですよ。森川海の関係をちゃんとすれば、黙っていたって昔の江戸前と同じように美味しい海苔が採れるんです。私、海苔も作ってますからわかるんです。今の海苔は、沿岸域は環境が破壊されていますから沖の方でとれる「スサビ海苔」という系統で、これは色は黒いけれど固くて香りがない。川の近くでとれる海苔はちょっと赤っぽいんですけれど柔らかくて香りが立つんです。これでおにぎり食うんだから、もう旨い、旨い。60億個のおにぎりって日本の米の全消費量の15%もするんです。海苔と寿司の例だって、こんなにわかりやすい話じゃないですか。

だからリニアモーターカーばかりに捉われていないで、川の環境を整えれば、「ああ日本人は皆でやはり環境を整える国なのか」と胸を張れるじゃないですか。そして外国の観光客が来ればどこに行ってもおいしいお寿司が今の半値で食べられる。観光だけでも食えますね。そこにオーガニックだ、なんだかんだをうまい具合に嵌め込んでいけば、経済も回りますよ。京都大学には環境経済学という学問があって、今走り出しています。川の流域をきれいにすると、どれだけいいことがあるのか。そういう学問もそろそろ出てきますので、私は非常に未来は明るいと思っています。

徳江:

川筋の話は本当にそう思いますよね。川を三面張りしたのを剥がすだけでも仕事になります。どなたかそんなことを言っていましたけれども、考えようは色々あるなと。あと海苔の養殖では、今日、松田さんという方が来られているんです。鹿児島の出水(いづみ)という水俣の隣りで、海苔の再処理―—要するに筏で網を張っているといろんな菌や藻がついたりするのを防ぐ、海の除草剤みたいなものを大体海苔は使うんですが、それを一切湾全体で使わない出水、そういうところもあるんですね。そういうところがひとつひとつ繋がって上流までいくと、見えていくものがいっぱいありそうです。そういう認証をやろうかと密かに考えているんですが。どうですか、あと質問ありませんか。

 

 

 

⑧美しい景観のためではなく お米の生産としての棚田について

質問者2:

文脈から外れていないことを祈りつつ質問します。棚田の存在について質問します。どう孫に説明したらいいか迷うところがあるんです。私自身は棚田はとても美しいし、都会の人間が行って貴重な農業体験もできて、いい循環だと思うんですけれども、お米の生産としての棚田ってどうなのかということがよくわかっていないので質問します。

井村:

石川県も千枚田という景観の素晴らしいところがありますが、ほとんど荒れてきています。農業人口がどんどん減っていくので、もうなくなります。再生産絶対できないです。それが日本中、津々浦々あって、私の持論は真水を蓄えるインフラを持っているのは日本だけで、100年待ってください、ということです。100年後には日本の米は連作障害もないし無肥料でもとれるので、本当にいずれは世界の食料を救うくらい可能性のある産業だと思っているので、そこまでなんとか埋もれないように守られたら、私は棚田を復活する世代もあるのではないかと思って、しばらく休んどこうかなというくらいの感じです。すみません、答えになっているかわからないですけれど。

徳江:

どうですか、100年先考えろと、子供さんに、孫に。ご本人はどういうふうに考えているんですか。

質問者2:

今のところ私が思うのは、孫に残すとするととても今あるすべてを残せないだろうな、今おっしゃったとおり100のうち1だけでも残すことに応援しようかなと思って十日町の「ふるさと納税」をしました。それが正しいかどうか自信がないんですよね。でも今のお話を聞くと1を応援するだけでも許されるかなというのが私の今の結論です。いかがでしょう、みなさん。

井村:

シンボリックなものは残ってもいいかなと思うんですが、実際は荒れているのが現実です。でもそれはぜひ力を貸してあげてください。ありがとうございます。

徳江:

実は水俣にはすごい棚田があるんです。上に水源があるでしょ。それで棚田が水路になっているんですよ。だから等高線上にずーっと水が巡って、水俣川に送られている。急斜面なので全部石垣で組んでいてすごくいい所なんです。それでもやっぱりなかなか難しくなっているというのは聞いてます。

松本さんと緒方さん、手を挙げられますか?松本さんは、水源から水俣川にいくその途中の高い所で、完全に無農薬でお茶作りをしています。緒方さんは県の職員で、7年間同じ部署にいるんです。その彼は今、水俣湾で牡蠣の漁師さんと組んで一生懸命やっています。そこら辺の自分が思っている意味をちょっと話してもらえますか?

 

 

 

⑨公害からの復活に向けて 水俣の取り組み

緒方:

7年間、地元で仕事を作れというプロジェクトで、仕事をしている人をみつけながら支援しています。皆さまご存知の通り、水俣は水俣病が発生して現在でも漁師さんが魚を売れない状態が続いています。水俣にも漁協はあるのですが、その漁協さんが何を売っているかというと、プロパンガスを売っています。魚はどうなっているかというと、水俣ではなく近隣の別の地域で水揚げされて流通しているという状況です。水俣病が発生して60年以上経過していますので、そろそろ売り始めてはどうかと2、3年前から漁協さんに話して魚を売り始めました。でも何かシンボリックなものが必要じゃないかということで、魚も獲れなくなってきていますし、餌をやらなくてもいいという点で牡蠣どうかなと。一方で「クマモト・オイスター」というブランド牡蠣が50年前にはあったんですけれども、それが今では死滅しています。県の水産セクションがそれを復活させようという動きがあり、でもそれは国内ではなく海外向けなのです。国内もしくは地元でも使えるように真牡蠣はどうかということで、宮城の方から種をもらい、養殖を始めさせていただきました。ただ海水温が高く、経験もなく、なかなかうまくいっていなかったんですがやっと採れるようになりました。牡蠣小屋も3年前から始め、これから生産量も増やし、水俣の海のシンボルになればと思って今後広める活動をしております。

徳江:

お茶の方はどうですか?

天野:

松本さんは自然栽培でお茶を作っているんですけれども、うちも自然栽培と循環型の取り組みをいています。うちは山の頂上で、水の湧く一番上のところです。水俣川は22kmですので、海の人も山の人も知り合いの距離感。だからうちは当たり前ですが、いかに水を汚さずに海に流すか。先ほど山の神様のお話がありましたが、うちの漁師さんも900メートル上の山の神様に魚を持っていって「いい魚が獲れました。またいい魚が獲れますように」とずっとやってきました。その辺の話の中でいろいろな先輩方が教えてくれたのは、人の健康は血の巡り、地域の健康は水の巡り。水俣は「水」のつく地域ですので、いかにその水の巡りを良くするかということを農業者も含めてみんなでやっています。

徳江:

ありがとうございます。水俣はこういう若者が結構いるんです。水俣には紅茶四天王がいます。松本さん・天野さん・梶原さん・坂口さん。紅茶には在来種のさっぱりとした味の茶葉が向くということで、イギリスにも輸出しているほど美味しいんです。ぜひその延長線上で牡蠣が上手くいくといいんですけど。

畠山:

熊本ですもんね、「クマモト」って種類の牡蠣は、顰めっ面をしているように見えるから通称「シカメ」と呼ばれていたんです。戦争で、宮城からアメリカへいっていた牡蠣が止まっちゃったんですよ。そこでマッカーサーが「早く牡蠣の種をよこせ」ということで、日本の農水省は慌てて日本中の牡蠣の種を採らせたんです。その中で、シカメは小さくてコロッとしていて人気があったんです。それが熊本からきたから、「クマモト」っていう名前がついたんです。なので、できれば今は宮城県の真牡蠣からスタートされたということですが、ぜひシカメの復活にも取り組んでほしいです。

 

 

 

⑩森を育てる林業 今後の展望について

徳江:

佐藤さん。見通しのいい森を復活させるのを、ビジネスとして展開していることが、結果的になのか意図してなのか、僕は繋がっていると思うんですけれども、事業としてどういう企業が今後どう繋がっていくべきかなど展望はありますか?

佐藤:

国は大規模集約林業というのを邁進しているんです。これは、外国の木並みに価格を下げないと競争力がないという、かなり乱暴な政策が進められています。一方で自伐林業といって、自分たちの軽トラックとチェンソーで、切れる範囲でやるっていう活動を始めている人もいます。あと林野庁が木材自給率が一番低い時で20%切って、17、8%くらいだったのが、いま倍の33%になったといって勝ち誇ったようなことを言っていますが、実はパルプチップ、合板、バイオマス発電が増えたんです。要は二酸化炭素に戻るものばかりで、実は逆に建築や家具は減っているんです。やっぱり世界と日本の価格の差があって、違法伐採木材が野放しにされているので海外の木材が異常なほど安い。そこがマーケットプライスになってしまって、そこを突破できない人は助成金で生活が成り立っていて、変えたくない人がマジョリティーになって政府を擁護する人が多く非常に悪循環なのです。そんな中で地域に入ってみると、「自分がいま木を切らせてもらっているのは祖父さんとか曾祖父さんが植えてくれたからなんだ。だから自分の生き様として、孫・ひ孫の代のために」といって森を育てながら木を切っている人です。そんな人も日本中にいます。そんな志を持っている人と繋がっていけば、そういう潮流をつくっていけると、10年日本の木材使ってきて確信しています。

徳江:

実は彼の製品はそんなに高くないんですよ。国産の木材使って、もっと高く売っているところあるんですよ。

佐藤:

教養のある方は味方してくれますけど、実際にはお前のところの椅子1脚で、ダイニングテーブルと椅子4脚買えるとよく言われるんです。それは異常に安い価格なんだと伝えたいんですけど。その木材はどこの国のもので、どこで作ったか聞くとメーカー名はわかりますが、どこで作ったかはわからないですし、木材が合法なものか店員さえも答えられない。そういうルールのない戦いのリングに上がっているんです。

徳江:

有機野菜を広めていく活動も、同じです。価格とか。

佐藤:

今回お話しした2つの出会いの他にも、貴重な出会いがあったんです。フェアウッドを進めようか迷っている時期があったんですけど、オーガニックコットンをされている渡邊智惠子さんに「あなたがやらないで、どうすんのよ!私だってやってるのよ」と。オーガニックコットンのパイオニアの大先輩がおしゃっているならと間違いないのかなと思って進めているのですが、なかなか儲からないですね。

徳江:

その辺りどうですかね、井村さん。価格の面とか、デザインとか、消費者への伝え方とか。

井村:

木の場合、燃やしてエネルギーにしたらCO2になるのでカーボンニュートラルという考え方があります。建築や家具の場合、廃棄して燃やした場合にCO2が発生する。ですから長く使えて、100年飽きのこないデザインで、アンティークになってさらに価値を生み出すようなもの。一世代でチープ化して廃棄されていくのと、全然意味が違うんだと思うんです。私は車を20万キロ、20年乗ったんですけど、スクラップしてリサイクルされるんですね。けれど木の場合は燃やしたり、埋め立てられてします。ですのでぜひ、長く使える素敵な家具を作っていっていただけると嬉しいです。

徳江:

あと10分なので、あとお二人質問受け付けます。

 

 

 

⑪食料・水産・林業 それぞれにある認証の今後の位置づけ

質問者3:

先ほどオリンピック、パラリンピックのお話の中ででてきた認証制度についてなのですが、今後食料、水産、林業について認証がどんな位置付けになるのかお聞きしたいです。

徳江:

どうなっていくかというか、どうしていくかだと思います。オリンピックレガシーという、オリンピックのあとに何を残したいのか。私は農産物・畜産物などの認証作りに農水省と一緒になってやっているんですけど、この会場のなかでNSC・FSC・ASCといって、分かる方いらっしゃいます?ほとんど知られていないです。あっち(政府系)の話になってしまっているので、我々はこっちの側でどうするかだと思うんです。ですので、こういう発信を地道にやっていくしかないと思うんですよ。あと国が一生懸命情報発信する体制がつくれるかどうかでしょうね。他にご質問どうですか?

 

 

 

⑫産業としての竹の活用法について

質問者4:

先ほど竹の話をされた方がいらっしゃったので、私も10余年しているんです。竹の影響で日本中の森林がやられているんです。その竹をボランティアの力で根から掘り返して、根も乾燥させて。土留めにしているんです。それで木々が大人の背丈の3倍ほど育っているんです。でもそれを産業にするというのは、大変大きな問題だと思います。

徳江:

大和町という場所では竹を微粉末にして、農業に活用しています。それから養殖魚の餌に混ぜて、結構おいしい鯛が育っています。

 

 

 

⑬持続可能な農林水産業の真のポテンシャルの活かし方

質問者5:

オーガニックだとか持続可能な農林水産業など、本当のポテンシャルをまだ活かし切れていないように感じます。生物多様性、豊かになることで儲かる、あるいは持続可能にできるなど。単一でもモノカルチャーで勝負するのではなく、総合力で勝負できるようにやってほしいなと思うのですが、その辺聞かせてください。

徳江:

どうですか、池田さん。

池田:

環境教育ということで、行政も協力してくれているのですが参加してくれる人がいないんです。今回300人集まったことに驚いているのですが、長野は周りに自然がいっぱいあるのでなんとなく自分たちは自然豊かな場所に暮らしていると思っているらしく、生きもの調査や環境学習は集客することに非常に苦労しているんです。私が今こうやって人前で話すようになったり、絵を飾って話すようになったのは、まず知ってもらいたいからです。ご自身が暮らしているところがどういうところで何がいてということに関心・興味を持ってもらいたいんです。それほど日本人って自然に甘えてるなって思うんです。いつまでもあってくれる、いつまでも自分たちに与えてくれるって。生きもの学習に来てくれる人は、それが好きな人です。好きな人は好きだから、ご自身の意見も持っているし、やってもいるし、いいんです。でも今大事なのは、それが生活の中にはいっていない人に入ってもらいたいんです。自然は外にある人、森は外にあって自分たちと繋がっていないと思っている人。繋がっていると思っているけど、本当に繋がっていると思っているかどうか。どこか誰かがやってくれると思っている人の方が、多いと思うんですね。

徳江:

一般の人まで含めて広めるのは大変かもしれないですけど、まぁ地道にね。それではあと1分づつ、佐藤さんから。

 

 

 

⑭登壇者からのメッセージ

佐藤:

生活者がする、2つの選択、選挙と消費。選挙は年に数回ですが、消費は1日1回、多ければ3回くらい「投票している」と考えると、自分の選択がどういう未来を作るのかのという想像をみんなでもっともっとするべきだと思います。その選択を考えてもらえるように、こちらも情報を賢く伝えていく。ものを作ることも大切なのですが、情報を伝えることにもっと労力をかけていかないとなかなか突破できないと思っています。

井村:

私からは2つ。昭和38年に「サンパチ豪雪」がありましたが、いま金沢にはほとんど雪が降らないんです。地球温暖化、低炭素社会について本気でみんなで考えないといけない。もう一つは農薬の件。シンボリックな虫として、蛍、カメムシ。またシンボリックな鳥としてツバメがいますが、水田に使うパダンという農薬の使用をすぐやめること。で、蛍の数さえ追っかけていけば、周りの生態系もよくなっていきますから。そしてカメムシ。お米に何粒斑点米があるかでお米の等級が決まるので、カメムシ防除をするのですけれども、これもすぐにやめるべきだと思います。お米屋さんの色彩選別機でちゃんと取ってくれるので。そして最後はそれを食べるツバメ。全国の小学校で数を数えているので、それを追っかけていけば生きもの調査を補完するいいシステムになるのではないかと思います。

畠山:

今日は、人々の意識にどう伝えるかに尽きるのですが、子どもたちに本物の自然や現実を見せて、そういった意識をもってもらうことが一番の近道だと思っています。大人はすぐにはカーブを切れないので。私たちはずっとそういった活動をしているのですが、教科書にも載って、そういった意識を持った子どもたちはだいぶ増えているんです。今、大学の入試で「森は海の恋人とはどういう意味か」というテーマで小論文を書かせているんです。だから私はもう少しだと思っています。あるときガラッと変わると期待しています。

徳江:

それではこちらで終わりにします。どうもありがとうございました

 

 

 

 

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