• Admin

22 世紀、わたしたちは生き延びられるのでしょうか 内山 節 氏


◆私たちは22世紀まで生きられますか?

私は、日本との比較の為にフランスの社会を研究していました。1970年代半ばのオイルショック以降のフランスは不況を迎え、1980年代に失業率は8,9,10%と上がり続け最終的には13.5%まで上昇しました。その中で若者の失業率は特に高く、当時20%代後半にもなっていたのです。国の制度として失業手当があるけれども、これには当然期限が決められています。しかし、国としても国民を飢え死にさせるわけにはいかないので、あの手この手で期間の延長の条件を付け、ある時には「就業研修の手続きをしただけで支給する」となることもありました。一方で、「10%が失業している」という状況は、「90%には職がある」ことの裏返しであります。すると、自分がいかにして90%側に入るか、その為には誰をクビにすれば自分が職を得られるかを考えるようになり、社会が段々と“下品”になっていました。

このように、人間が他人を蹴落としてでも、何をしてでも生きていこうとする姿を見てくると、今回のセミナーのテーマである「私たちは22世紀まで生きられますか?」という問いに対しては、生き延びられるでしょうと言う答えになります。

このような苦しい時代にあっても、フランスでは「今こそいい社会を作ろう」と言う流れにはなりませんでした。それは現在の国民戦線の躍進などにも見て取れます。

◆近代社会の行き詰まり

現在は、近代社会が行き詰まりを迎えているように感じます。近代社会は、①国民国家②近代市民社会③資本主義から成り立つものです。特に、①国民国家の形成は、ヨーロッパの人々の中世以来の悲願でもありました。と言うのも、ヨーロッパは多くの戦争を経験してきたからです。フランスだけを見ても、歴史的にドイツ・スペイン・オランダと多くの国との間で戦争を戦ってきました。中世の戦争では、勇敢な兵士と優秀な参謀が必要とされ、戦争は彼らが行うもので一般的な庶民や農民には、戦争の勝敗で支配者が変わろうと、日常生活上で大きな変化は起きませんでした。しかし、それは当時の武器が剣や槍などの使い捨てでない武器であったことにも関係します。中世の終わりの鉄砲の発明や大砲の発明を機に、武器の一部が“使い捨て”となると、これらを生産・輸送することが戦争の勝敗を左右するようになります。すると、工業力や経済力、そしてそれを支える食糧生産力をも含めた、国を挙げた“総力戦”となり、国家という枠組みや国民という意識が形成されるようになりました。

絶対王政期にも国民国家を志向する流れはありましたが、国民国家が国民が一人一人に還元されそれを国家が管理するという仕組みである一方で、その権力基盤が領主制に依っていた為に当時は上手く行きませんでした。この流れが進展したのが、“近代革命”の時期です。フランス革命によって、従前の共同体社会から「市民という個人が契約によって作り上げる社会」へと移行しました。現在の教育では、このフランスやイギリスの革命を賛美していますが、いずれこれは変化し、これらの革命を契機に人間が個人となった、という評価をされるようになると考えています。レヴィ=ストロースは「革命の“自由・平等・博愛”という理念はフランスを独自の地位に押し上げたが、いずれフランス革命こそ敗北の始まりであった、と言われるようになるだろう」と述べてます。近代革命は、絶対王政の下での強大な権力を[無批判なまま]共和制の下に移行しました。本来、革命時に強大な権力を解体することを考えなければならなかったのです。これを怠ったことが、後にロベスピエールやナポレオンという独裁者が生まれる原因となりました。

選挙が[制度化されているから]民主的だと言いますが、これは本当でしょうか。一度権力を握りってしまえば独裁的に振る舞うことが出来るというのが現実です。我々は“何が自由なのか分からない自由”を与えられているだけなのです。加えて、昨今、「ポピュリズムが蔓延っている」と言いますが、これは誤りです。本来、ポピュリズムとは大衆迎合で減税政策などを行うことを指すので、現在日本やアメリカで広がっている政治は、本来扇動政治(デマゴーグ)と呼ばなければいけないでしょう。

本来、あらゆる決定権は最も小さい主体が持つべきです。その上で、安全保障や外交という領域に関しては、規模を鑑みて上に委託し、その代わりに委託した側は監視し続けるという姿勢が必要です。今のシステムはこれと逆になってしまっていることに問題があるのです。

◆人口増加と資本主義

個人を基調とした市民社会では、経済も個人を主体としたものになります。個人になるということは、共同体を出て働かざるを得なくなる、ということと同じです。そうして労働を課せられた市民に対して、国家は消費を拡大し再生産することを求めます。

1930年代にマルサスが書いた『人口論』の中では、(実のところこの本は杜撰な本なのですが、)イギリス産業革命後で経済の拡大を望む機運が高まる中で、「経済が発展すれば人口が増加するが、自然の制約によって農業生産には限界が訪れるので、やがて食糧不足が起き経済成長は永遠には続かない」と述べられています。実際、日本を見てみると、江戸時代と現代との米の収量を比較しても、わずか20~30%の増加に留まっています。

当時、社会主義は一種の“理想のユートピア”とみなされていましたが、マルサスは「ユートピアは人口増加を招く。だから反対だ。」と言いました。彼は、土地や自然(当時の主なエネルギー源であった石炭など)が限界を迎えて、経済成長を制限すると予測していました。ただ、一方で新たなエネルギー(石油)の発見や開発技術の発展も見られるなど、状況は変わってもいます。かつて、経済学者たちは自然の限界という問題に対してどのように対応してきたかと言うと、「自然は無限に存在すると仮定する」という方法で対応してきました。[経済界の人間は]恐らく今後限界は訪れると分かっているが、今のところは問題ないように振舞っています。

資本主義は絶えざる競争を強いるので、成長が続かなければコスト削減の為には技術革新や雇用削減、賃金減少を行うしかありません。経済成長し続ければ雇用は維持出来ます。しかしながら、経済成長が止まった資本主義は悲惨なものです。とは言うものの、それが必ずしも私たちの生活に直接影響するとは限りません。例えば、私が住む上野村のようなところでは、そこまで影響はないのです。

途上国の食糧危機などの問題も、結局のところ価格の問題でしかないのです。お金がある先進国では食料問題は起きません。先進国はおカネの力で解決できるのです。そこで、自然が無限に存在すると言う認識であったり、経済発展が良いものであるかのような幻想を抱いたのです。

江戸時代を振り返ると、経済はおだやかに発展を遂げていたものの、それ自体が目標ではありませんでした。江戸商人の目標は、「信頼を高める」で、困った時に助けてくれるような信頼関係の構築を重視していました。農民、職人それぞれの目標が経済の下にはなかった時代から、経済発展が目標である時代へと変化してきました。

◆日本の国民国家の形成とその精神性

国民国家の形成はヨーロッパでは近代革命期、日本では日清戦争期に遡ります。そして、日本では日露戦争期に国が意図的に先導して「アジア人が初めてヨーロッパに勝った」というキャンペーンを行ないました。その戦勝記念に植えられたのが、ソメイヨシノの樹なのです。もともと、それまで日本の桜と言えば山桜が中心であったのです。春になってパッと現れる小さな桜の花は、自然の魂の表れとして信仰されてきたのです。やがて、パッと咲きパッと散るその姿は、日本の魂として特攻隊の姿に重ねられるようになります。

◆民主主義の有効性

国民国家も永遠ではないのです。民主主義というものは、せいぜいこの(会場に集まった)50人ほどでないと機能しないものです。少数意見を取り込み、再検討が可能となる規模には限界があります。私が住む上野村には1200人ほどの人がいますが、かろうじてこの規模でも民主主義が機能していると感じます。それは、村の中で共有しているものが多いから。自然の中で生活していること、祭り、同じ共同体にいるということを共有していることで、かろうじてこの規模でも民主的な決定が出来ている。民主主義は国家のような大きな単位では成立し得ないのです。「民主主義は幻想」でしかありません。しかしながら、社会がその仕組みで動いている以上、我々も二枚舌を使い、幻想の民主主義の中で出来ることをやっていくしかないのです。

◆近代社会と個人主義

近代とは、巨大なものを動かすシステムで成り立っていました。国家経済や社会保険などがその一例です。その背景には、システムに対する無批判な幻想があります。新しいシステムを作っても、また違うシステムに縛られるだけなのです。

近代では、強い個人が良しとされます。しかし、人間とは本来脆弱なものです。全て自分自身で行おうとすることは負担が大きいので、我々は与えられた選択肢の中での選択の自由を行使ことで、負担を軽減しているという面もあるのです。学生の就職活動を見てもその傾向は強いと分かります。

◆現代社会の分裂

世界を構成する元素は100種類しかないと言われますが、元素は結合することで違う物質に変化します。つまり、他との関係で成り立ち組み合わせによって違いが生まれているのです。原子を更に小さい単位に分解していくと、全てが同じ物資から構成されていることが分かっています。つまり、バラバラにするほどに均質化し、組み合わせるほど多様になるのです。したがって、色んな組み合わせを考えることが重要なのです。これは人間にも当てはまり、多様な関係が自分を作り上げるのです。関係を絶つことで人間は個人にはなれるが、それは同時に均質なものとなることを意味します。今、関係性や共同体という方向に人々の関心が向かっているのは、そういうことが影響しているからかもしれないと感じています。

今、社会は2つの方向に分裂しています。一方は、昨日のように今日を生きるという人。社会が変化しているにも関わらず、従来の生き方に拘泥すると悲惨な生活を送ることになりかねないのですが、このような人たちは昨日の社会を復元してくれる強力な力を期待します。トランプやヨーロッパの国家主義的な運動がその一例です。フランスでも、昔のように自分が生きられるようにしてくれる勢力への期待が大きくなっています。

このように、壁にぶつかった時に昔を回顧する人がいる一方で、現状を離脱しようとする人も生まれます。上野村への移住者は流れの現れです。上野村に移住する人は何を求めてくるかと言うと、彼らは近代が失ったものを回復しようとしているのです。それは、近代に入り“労働と生活の分離”“地域と個人の分離”が奪っていった、「暮らしの中に労働や生活、文化や社会がある」ということです。すなわち、共同体の中での繋がりであったり関わりあいなのです。

例えば、先日の大雪の夜に私が外に出て雪かきをしていると、同様に雪かきを行う人がいました。口に出しては言わないけれども、自分が雪かきをすることで翌朝の雪かきが楽になることを分かっていて、高齢の方が多い地域では特にそれが大きな助けになることが分かっている。そんな助け合いの中で生きているのです。

また、「信仰」や「宗教」という言葉も、江戸時代まで日本には存在しなかった。これは翻訳言語であり外部から持ち込まれたものです。かつて、「信仰」とは、山神様や水神様に対する、日常生活内での祈りだったのです。

現在、田舎に移住する人の中で農林業に従事する人は1割程度で、起業し新たな事業を作る人が多いです。これはネット環境の向上や、必要経費が圧倒的に安いことが理由として挙げられます。例えば、東京では車庫だけで月に数万円かかるが、上野村では殆どタダであり、そもそも車庫証明という仕組みが存在しません。

◆「近代の回復」と「新しい時代の創造」

今、「大きい=力」という時代(近代)が終焉を迎えつつあります。国内大手の電機メーカーの業績不振が顕著な例ですが、それとは逆に、小さいけれど根を張り関係を構築できることの強さや継続性こそを大事にするべきなのです。

近代という一つの時代の終わりに際して、「近代の回復」と「新しい時代の創造」という二つに方向性が生まれています。この転換期に生きることには苦しさも伴います。しかし、この時代だからこその楽しさもあり、それを楽しんで生きていくことが出来ればいいのではないでしょうか。

<質疑応答より>

人間は、過去を振り返る時、自分に関係する曖昧な過去しか思い出せません。すると、“正解な過去”は発見出来ないと言う意味で存在しません。未来はどうかと言うと、実現しない限り存在しないと言う意味で、存在していません。では、現在はどうか。現在は瞬時に過去になってしまうと言う意味で時間論的に存在しません。つまり、この世界には何も存在しないことになってしまいます。「この世には何も存在しない」と言う面白さを楽しめると良いのではないでしょうか。

内山 節 氏(うちやま たかし)哲学者

1950 年東京都生まれ。1970 年代から東京と群馬県・上野村を往復して暮らしながら、存在論、労働存在論、自然哲学、時間存在論 を軸に哲学の研究をすすめる。立教大学大学院教授、NPO 法人「森づくりフォーラム」代表理事。『共同体の基礎理論』(農文協)、『怯 えの時代』(新潮選書)、『清浄なる精神』(信濃毎日新聞社)など著書多数。


© 22世紀に残すもの

​お問い合わせ